東京の六本木に「K」というデザイン事務所がある。
黒田征太郎、長友啓典のご両所が主宰するエディトリアル・デザイン事務所で、編集者にはつとに知られている事務所である。
その長友さんが、ある雑誌でこんなことを言っている。
「デザインは経験、体験で覚えてもらいます。ですから教えることといえば礼儀作法くらいですか」
デザイナーになぜ礼儀作法を教えるのかについてはふれてなかったが、礼儀作法を心得ないデザイナーに明るい未来は開けてこないということに違いはない。
ライティング・代筆屋だって同じだ。
若い編集関係のライティング・代筆屋に多いのだが、ブスッとした表情で編集部にやってきて、担当者に原稿を渡すとまたブスッとした顔で去っていくのがいる。
原稿を届けにきたら、まず「こんにちは」と挨拶し、回りの人にも軽く会釈し、できればお愛想笑いのひとつも投げかけて、帰り際には「よろしくお願いします」と頭のひとつも下げるというのが売れるための常識である。
もし、その無愛想君が「お世辞笑いなんかできるか。ライターはできあがったもので勝負だ!」という信念でそんな態度を取り続けているのであれば、私としては「じゃあ、原稿を見せて頂戴」ということになる。
読まなくてもわかっているのだが、その手の無愛想君の原稿はだいたい並以下である。
もちろん、なかには無愛想な態度を帳消しにするくらいのピカッと光る原稿を書く無愛想君もいる。
しかし、これは例外。
大方は並及び並以下だ。
それに、ピカッと光るライティング原稿の場合は、無愛想な態度の反作用でますます光って見えるということもあるが、並の場合は、原稿はますますくすんでくる。
ブスッとした態度でも、どうにか首がつながっているのは編集者の知り合いのライターにたまたま無愛想君しかいなかったから。
編集者が愛想のいいライターと知り合った時から、仕事はそっちに流れ始めると脅かしておこう。